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名古屋地方裁判所豊橋支部 昭和36年(ワ)133号 判決 1963年3月29日

原告 杉山豊 外六名

被告 杉浦勝 外一名

主文

(一)  被告両名は各自

(1)  原告杉山豊に対し金弐拾弐万壱千四百弐拾八円

(2)  原告杉山千代子に対し金九万円

(3)  原告杉山昭吉に対し金九万円

(4)  原告杉山賢次に対し金九万円

(5)  原告杉山はつ江に対し金九万円

(6)  原告杉山博に対し金九万円

(7)  原告杉山義男に対し金九万円

に昭和三十六年十月九日以降完済に至る迄年五分の割合による金員を附加して支払うこと。

(二)  原告その余の請求を棄却する。

(三)  訴訟費用は原告杉山豊と被告両名との間では之を五分してその四を同原告の負担としその余を被告両名の連帯負担とし、その余の各原告と被告両名との間では被告両名の連帯負担とする。

(四)  原告杉山豊が各被告に対し金七万円宛、その余の各原告が各被告に対し金参万円宛の各担保を供する時には当該原告は当該被告に対し本判決主文第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

原告等訴訟代理人は請求の趣旨として

「(一) 被告等は各自

(イ)  原告杉山豊に対し金百十七万五千円

(ロ)  原告杉山千代子に対し金十万円

(ハ)  原告杉山昭吉に対し金十万円

(ニ)  原告杉山賢次に対し金十万円

(ホ)  原告杉山はつ江に対し金十万円

(ヘ)  原告杉山博に対し金十万円

(ト)  原告杉山義男に対し金十万円

に各昭和三十六年十月九日以降完済に至る迄年五分の割合による金員を附して支払うこと。

(二) 訴訟費用は被告等の負担とする。」

旨の判決並仮執行の宣言を求め、請求の原因として

(一)  原告杉山豊は肩書住所において青果物並漬物販売業を営むもの、原告杉山千代子は原告杉山豊と亡杉山末子の長女で従来豊とは別居していたが末子死亡後は已むを得ず豊の業務を手伝つているもの、原告杉山昭吉は豊と末子の長男で家業特に仕入業務に従事しているもの、原告杉山賢次は豊と末子の二男で東都製鋼株式会社豊橋工場に勤務しているもの、原告杉山はつ江(昭和十九年一月五日生)は豊と末子の三女で豊橋市立女子高等学校第三学年在学中のもの、原告杉山博(昭和二十二年十一月十四日生)は豊と末子の三男で豊橋市立豊城中学校第二学年在学中のもの、原告杉山義男(昭和二十五年一月二十二日生)は豊と末子の四男で豊橋市立松葉小学校第六学年在学中のものである。

(二)  被告大一トラツク急送株式会社(以下「被告会社」と云う)は肩書住所に本店を有し資本の額一億六千七百万円で貨物自動車運送事業、自動車運送取扱業、通運事業、保険業の代理、その他前記各号に関連する事業を営むことを目的とする会社で昭和三十七年五月三十日豊橋運輸株式会社(以下「被告旧会社」という)を吸収合併し(同年六月十四日登記済)同会社の権利義務一切を承継したもの、被告杉浦勝は右会社に雇われ大型自動車の運転業務に従事しているものである。

(三)  被告杉浦勝は昭和三十六年五月二十五日午後九時三十分頃大型貨物自動車(愛一あ二九五四号)を運転し被告会社の業務のため名古屋より清水市に向け時速五十粁以上で豊橋市東八町四百四十六番地先国道一号線を南進中、右通路を東方より西方に横断中の杉山末子(当時五十一年)が自車の接近に気付きその中央部附近で横断をためらい佇立したのを進路の前方約二十一米六十糎に認めたのであるが、折から同女が自車の接近と共に狼狽の余り挙措適正を失して横断を中止し後退し出す等不測の行動に出るやも知れぬことが予想されたのであるから、斯かる場合自動車運転者たる者は直ちに減速徐行して同女の動静を注視し同女が横断した後か、避譲したのを確かめた後進路の交通安全を確認しつつ運転を継続し以て事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるにも拘らず之を怠り、前記杉山末子は横断を中止したり後退し出すようなことはないと軽信し前記同一速度を以て同女の後方を通過しようとして僅かに把手を左に切つたのみで漫然運転を継続した過失により、折から前記の通り横断をためらつていた右杉山が自車の接近に狼狽して小走りで東方に後退し出したのを約十六米三十糎前方に認めて衝突の危険を感じ更に把手を左に切つて之を避けようとしたが遂に及ばず同女に自車右後部附近を衝突させて附近路上に転倒させ因つて右同女をして翌二十六日午前零時頃豊橋市松葉町四十三番地豊橋市民病院において前記事故に起因する頭蓋底骨折等の傷害により死に至らせたものである。

(四)  上記の如く被告杉浦は杉山末子の生命を侵害したから民法第七百九条第七百十一条によりその配偶者及び子に対し損害のすべてを賠償する責任がある。又、被告杉浦は当時被告旧会社に使われて同会社の事業執行中の過失により本件事故を起したものだから、被告会社は被告旧会社の承継人として民法第七百十五条により損害賠償責任がある。

(五)  そこで賠償額であるが原告杉山豊は杉山末子と昭和八年三月頃結婚し同九年三月十三日に入籍したもので、その間に長女杉山千代子(昭和九年六月十三日生)、長男昭吉(昭和十一年五月五日生)、二女たね子(昭和十三年七月五日生)、二男賢次(昭和十六年八月二十二日生)、三女はつ江(昭和十九年一月五日生)三男博(昭和二十二年十一月十四日生)と四男義男(昭和二十五年一月二十二日生)の四男三女が生れたが二女たね子が死亡したので現在は四男二女の子供がある。而して家業としては前述の如く青果物並漬物販売業を営み財産としては家屋宅地を所有して中流の生活を営んでいる。

而して家業は仕入業務を原告杉山豊及び長男杉山昭吉が之を行ない販売業務は専ぱら家にいる杉山末子が之を行なつてきた、ところが同女が突然死亡したため已むを得ず他へ働きに行つていた長女千代子に手伝いにこさせて販売の仕事をさせて居り、之に食費を併せて月四千五百円の支給をしている、之を他に比較すると非常に安い給与であるが娘のこととて最少限度の給与で我慢して貰つているが、結局杉山末子が生きていればかかる出費は不要であり末子死亡により絶大な損害を蒙つている次第である。末子は明治四十四年十二月二日生れの四十九才と十月で今後十年間、馴れた販売業務をなし得ることは当然でありその後も五年間は半分の仕事をなし得るものである。よつて月四千五百円として最初の十年間に五十四万円続く五年間に十三万五千円、計六十七万五千円は末子の死亡により原告豊が蒙つた損害である。

更に原告方は従来家族が円満に暮して来たが、子供等は千代子を除いては何れも未だ片附いて居らず、之からの子供の幸福のために女親である末子の活躍が大いに期待されていた、時に母を失ない、特に下の子三人は母の死により学業も手につかず、傍のみる目も気の毒な状態である。又夫である豊としても好き伴侶を失いその精神的苦痛は誠に甚大である。よつて之が慰藉料は原告杉山豊に対しては金五十万円、他の子供等については各自十万円宛を以て相当と考える。

よつて本件申立に及ぶ、と述べ、被告主張事実を否認し、

(六)  亡杉山末子は幅員二十四・六米の車道内へ八米入つた点から引返したのである。被告杉浦の運転する大型車は勿論センターライン寄りを走つてくるので右杉山末子の引返地点より内側を走つてくることになる。よつて末子が右引返地点迄来た時に高速で進行する加害車を見て之では到底安全にセンターライン迄渡れないと判断して引返した措置は相当であり、右末子には何等過失がない、

と述べた。(立証省略)

被告等訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として請求原因事実中(二)の点、被告杉浦勝が昭和三十六年五月二十五日午後九時三十分頃大型貨物自動車(愛一あ二九五四号)を運転して被告会社の業務のため名古屋市から清水市に向け時速四十八粁で豊橋市東八町四百十六番地先国道一号線を南進中、同被告運転の車が杉山末子と衝突し、原告主張の日時場所で同女が死亡したことは之を認めるが、その余の点はすべて之を争う。

(一)  本件事故はすべて杉山末子の過失に基くもので被告等には何等過失はない。

被告杉浦勝は本件事故当時、時速四十八粁で前記事故現場附近の国道一号線を南進中右国道を東方より西方に横断中の亡杉山末子及び原告杉山豊が道路中央部附近で立止つたのを前方二十米以上の地点で認めたが、その時対向車がなかつたので右末子等はそのまま横断すると思われたがなお安全を期するため同被告はブレーキを踏んで減速し、かつ方向指示器を左に出して車を左方に寄せ徐行しそのまま通り過ぎようとした。

当時対向車はなかつたから通常ならば右末子はそのまま進行方向に道路を横切るのが当り前の行動であるのに、何を思つたか突如東方に而も被告杉浦の車の方向に向つて(即ち道路と直角でなく斜めに)小走りに後退し出し恰かも車に飛び込んでくるような行動をしたので被告杉浦は咄嗟に急ブレーキをかけ左に思い切つてハンドルを切り衝突を避けようとしたが及ばず、車の右後部附近が右末子に接触したものである。

要するに被告杉浦は前記のように道路の中央部に被害者を発見した際直ちに減速徐行しかつ対手に知らせるため方向指示器を左に出してハンドルを左に切る等運転業務上の注意義務は充分果していたが末子が突然車に向つて飛込むように走つて来たため避け切れずに衝突してしまつたものである。此の点は、衝突部位が車の右後部であること、車が殆んど歩道に乗上げたことからみても杉山末子が当時通常では考えられない突飛な行動をしたことは明白である。

なお杉山末子等の横断個所は横断歩道ではなかつた。

斯様に本件事故はすべて亡杉山末子の過失に基くもので、被告杉浦には何の過失もない。

(二)  しかしながら仮りに被告杉浦に過失が認められる場合には亡杉山末子にも前記(一)の通り過失があつたものであるから、過失相殺を適用されたい。

(三)  被告等は本件事故が発生するや直ちに被害者を病院に連れて行き、葬儀の際には香典七千五百円(被告杉浦が五百円、被告旧会社が七千円)及び花輪(二千円)籠盛(千円)を供えその後慰藉料等の話しあいもしたが原告が過大な要求をするので話がまとまらなかつたものである。

(四)  なお本件事故に関する自動車損害賠償保険金として総額四十六万六千六百五円が原告等に支払われたが、その内訳は、原告豊の慰藉料五万円、その余の各原告の慰藉料一人三万円宛、死亡本人の財産上損害二十万円、医療費千九百七十円、葬儀費用三万四千六百三十五円である。

と述べた。(立証省略)

理由

(一)  被告杉浦勝が昭和三十六年五月二十五日午後九時三十分頃大型貨物自動車(愛一あ二九五四号)を運転して被告会社の業務のため名古屋市から清水市に向け豊橋市東八町四百四十六番地先の国道一号線路上を南進中、同被告運転の車が杉山末子と衝突した結果、翌二十六日午前零時頃豊橋市松葉町四十三番地豊橋市民病院で同女が死亡したことは当事者間に争いのないところである。

(二)  原告は本件事故は被告杉浦の過失に基くと主張するに対し被告側は右は全面的に被害者末子の過失に因るもので被告杉浦に過失はないと反駁するから、更に本件事故の実情につき考えるに成立に各争いない甲第四乃至第八号証(但し甲第六号証は一部)甲第十、第十一号証、証人山本勝彦、同清水秀雄の各証言、証人片山吉之、原告杉山豊、被告杉浦勝の各供述の各一部を綜合すると左記の事実を認めることができる。

即ち被告杉浦は前記日時頃前記自動車(以下「加害車」という)を運転して時速約四十七、八粁で車道幅員二十四・六米の本件事故現場附近の国道東側車道上を、車体左端を東側歩道縁石線より六・四米の線に(右車の幅は二・四五米であるからしたがつて車体右端を東側歩道縁石線より八・八五米の線に)置いて南進中、右国道を東方より西方へ横断中の被害者杉山末子の姿を車道を約三分の一渡つたところ(即ち東側歩道縁石線より約八米の地点)の加害車進路内に発見したが僅かに把手を左に切つたのみで約八・二米同一速度でそのまま前進を続けたところ、同女が加害車の接近に気付いて横断をためらい前記場所に佇立しているものであることに約二十一・六米前方で気がついた。

折柄夜間のことでかつ同所附近は街路灯設備もないため車道上は暗かつたものであるから、横断者が進行車輛の前照灯を認めたとしても進行車の正確な位置進路方向の判定を誤まることは往々あり得ることであるし、又車輛の接近に周章狼狽の余り挙措適正を失して横断を中止し更には後退する等不測の行動に出ずるやも知れぬことは当然予想し得るところであるから、かかる場合自動車運転者としては直ちに減速徐行の措置をとると共に同女の動静に絶えず注視し同女が横断又は避譲を終つたのを確かめて進路の安全を確認した後に通過すべき業務上当然の注意義務があるにも拘らず、同被告は之を怠り、同女がそのまま横断を継続するものと軽信し把手の操作のみで之を避譲してその後背を通過しようとして更に把手を左に切つたのみで漫然同一速度で運転を継続した過失に因り、折柄前記の通り横断をためらつていた被害者が加害車の接近に狼狽して挙措を失ない小走りで東方に後退し出したのを約十六米前方に認めて始めて衝突の危険を感じ、更に把手を左に切ると共に、半制動をかけ、続いて約十三米進行した後に急制動をかけたが時既に遅く自車の右後部附近を同女に衝突させて同女をその場に転倒させた結果、翌二十六日午前零時頃豊橋市民病院において右事故に起因する頭蓋底骨折、頭蓋内出血により同女を死亡させたものである。

右の事実を認めることができる。証人片山吉之の証言、原告杉山豊、被告杉浦勝の各供述、成立に争いない甲第六号証の供述記載中右認定に牴触する如き部分は措信し難く他に之に反する証拠もないものである。

(三)  被告は被害者が突然後退して被告の車の方へ走つて来たため本件事故が起つたと主張し、右事実は認め得る処であるけれども、さりとて被告杉浦に過失なしとは云い難いものである。何となれば被害者のかかる行動も元より加害車の接近に狼狽して挙措を失したためと思われるから、被告杉浦が被害者を発見した際直ちに減速徐行の措置をとつていたならば被害者もかかる行動に出ることなく、又出たとしても杉浦被告において衝突を回避し得たと思われるからである。然らば本件事故は被告杉浦の過失に起因するものと云うべく、同被告並に之が使用者たる被告会社は本件事故による損害の一切を原告に賠償すべき責あるものと云わねばならない。

(四)  そこで続いて損害額につき考えるに、原告豊は先ず、亡末子の労働可能と認められた期間中、月額二千二百五十四円乃至四千五百円の割合の損害を同原告が被つたと主張している。右損害の性質並に損害額算定方法に関する同原告の主張は稍々明確を欠く点がないではないが、之を善解すれば、要するに本件事故により妻に対する協力扶助請求権を失つたことによる損害の賠償を求めているものと解すべきである。

(五)  そこで続いて右損害額について考えるに、成立に各争いない甲第六、第十二号証、原告本人杉山豊の供述の一部を綜合すると、原告豊は被害者末子の夫であり肩書住所において青果物並漬物販売業を営んでいるものであるが、末子生前中は同原告の事業上の販売業務を右末子に担当させてその協力を得ていたものであるところ、右末子の死亡後同三十七年一月末に長男昭吉に嫁を貰う迄の間約八箇月間は当時既に他に別居自活していた長女千代子に月給四千五百円を支払つて右販売業務に従事させていたことを認め得て他に反証もないものである。然らば反証なき限り亡末子はその生前中原告豊の営業販売業務を相当することにより少くとも月額四千五百円相当の協力を原告に与えていたものとみることができる。

而して前記甲第十二号証並原告豊の供述の一部によれば亡末子は死亡当時四十九才十月の女で顕著な疾患もなかつたものであるから、他に特別の事情なき限りその後十年間は青果業等手伝として従前と同程度の働きを、続く五年間はその半額程度の働きを各なし得たものと認めるのが相当である。

よつて原告の協力請求権喪失額を算定すると前記十五年間の協力扶助額の合計は原告主張通り合計六十七万五千円であるから、ホフマン式計算法により中間利息(年五分)を控除すると、その現在額は金三十八万五千七百十四円となる。

(六)  次に慰藉料であるが、本件事故により妻、母を失なつた各原告がそれぞれ精神的苦痛を被つたこと、並に被告等に之が慰藉料支払義務の存することは多言を要せぬところである。そこでその数額であるが、成立に各争いない甲第六、第十二号証、原告豊の供述を綜合すると、本件事故当時原告方は青果物並漬物卸小売業を営んで居り、原告豊と原告昭吉が仕入業務を亡末子が販売業務を相当していたが末子の死亡後は当時秦東製に勤めていた原告千代子をやめさせて、一時家業を手伝わせたこと、原告賢次は当時就職していたが賢次、千代子を除く他の原告は当時在学中であつたこと、各原告の年令は原告主張通りであることを認め得て他に反証もないものである。

又、成立に争いない甲第十三号証によると被告会社が原告主張通りの内容の会社であることを認め得るし、被告杉浦勝の供述の一部によると同被告は被告会社自動車運転手として月収当時一万八千円、現在三万円を得る外には収入財産を有しないものであることを認め得て他に反証もないものである。

又、原告豊、被告杉浦の各供述の各一部によると本件事故に対する慰藉の方法としては、末子の葬儀の際、被告両名から数千円の香奠と花輪、籠盛が仏前に供された外には格別の措置がとられていないことを認め得る。

なお本件事故についての自動車損害賠償保険金は原告豊の慰藉料として金五万円、その他の各原告の慰藉料として金三万円宛が支払われていることは当事者間に争いがないし、その他、死亡者本人の財産損害二十万円、医療費千九百七十円、葬儀費用三万四千六百三十五円が何れも補償されていることは原告の明に争わぬところである。

よつて右諸事実に本件不法行為の態様を参酌して本件慰藉料額は本来なれば原告豊に対しては金四十万円、その余の原告に対しては各金二十万円宛が相当と判定する。

(七)  被告等は賠償額を定めるにつき被害者末子の過失を斟酌されたいと申立てている。そこで考えるに、被告は先ず末子等の横断個所は横断歩道でなかつたと主張する。成立に争いない甲第四号証によれば右被告主張事実は認められるけれども、右甲第四号証、証人清水秀雄の証言によると本件事故当時には現場附近に横断歩道のなかつたことが認められるから、右末子の行為が道路交通法第十二条第二項に違反するとも云われぬものである。

(八)  次に被告は亡末子が横断中後退したのは同人の過失であると主張する。成立に各争いのない甲第三乃至第六号証、甲第八、第十、第十一号証によると右末子が、一旦、車道を三分の一程渡りながらその後に小走りになつて後退して殆んど東側歩道縁石線の延長上で加害車と接触したことを認め得て他に反証もないものである。

およそ同一道路上を通行する車馬歩行者は合図、信号その他特段の徴候なき限り相手方が同一速度で同一方向への運動を継続するとの推測の下に自己の行動を決定する外はないものであるから、本件事故の際の末子の行動の如く適当な予告なくしてにわかに道路上で進行方行及び速度をかえる行動が他の車馬の操縦者の判断を誤まらせて衝突事故等の発生を招く危険をはらんでいることは云うまでもないところである。

唯、原告は当時の右末子の車道上の位置、及び加害車との関係位置その他当時の状況からして右後退行動は当然の措置であつたとなすもののようであるが、次の如き理由により首肯し難いところである。

前記(二)に認定の通り当初加害車は車体左端を東側歩道縁石線から六・四米の線に、同右端を同じく八・八五米の線に置いて直進していた(甲第四号証図面<一>点)と認められるから車道を約三分の一(約八・二米)渡り終つた被害者は加害車の進路内、その中心線の進行方向よりも西に佇立していたことになる。

又、続いて被害者が後退し始めた頃には加害車(甲第四号証図面<二>点)も把手を左に切つていたから被害者は加害車の進路外(進行方向の右)に出ていたことになる処、以後加害車が引続き左に転把し続けたに拘わらず被害者も之に接近を続けて以後同様関係位置を維持したまま東側歩道縁石線延長上で遂に加害車車体右後部に接触負傷したことは前記甲第四号証図面中、スリツプ痕、血痕、加害者停止位置の表示に照し明白で他に反証もないものである。(原告は右両者の関係位置を争うけれども、加害車側では自己の前照灯の光により被害者の位置を正確に把握し得たと思われるところ、被害者発見後、加害車が一貫して左に転把しながら車道左端で車体右後部に被害者を接触させた事跡よりみれば被告杉浦は被害者を少くとも自車中心線より右前方に見たからこそ左に転把して之を避けようとしたが、被害者の側で周囲の暗さのため狼狽の余り加害車の位置進行方向の判断を誤まつて同一方向に避けたため衝突に至つたとしか理解しようがない。)。

上記認定の通り被害者は少なくとも加害車の進路中心線よりは西にいたのであるし、況して加害車は左に転把したのであるから被害者が加害車進路内より脱するためにはそのまま前進するのが適当の措置であつた。又、当時対向車のなかつたことは成立に各争いない甲第五、第八号証により之を認め得る処(成立に争いない甲第六号証の記載、原告豊の供述中之に反する部分は措信し難い。)であり、その他同女の即進を危険とする如き状況の客観的に存在しなかつたことは同伴者の原告豊が安全に中心線に到達した事跡からしても推認し得るところである。然らば、亡末子のとつた後退行動を正当化するに足る理由は見当らぬものであり、同女の右行動は過失たるを免れぬこととなる。よつて同女の右行動の危険性の程度と被告杉浦の過失の程度、更に歩行者と自動車運転者との道路交通上の責務の軽重を考えた上、本件事故に基く損害は原告側二、被告側三の割合で分担させるのが相当と考える。

(九)(イ)  上記を綜合するに、原告豊に対する慰藉料額は本来四十万円を相当とするところ前記比率で過失相殺すると金二十四万円となるがそのうち五万円は保険金が支払済であるから残額は十九万円となる。

(ロ)  又、他の各原告の慰藉料額は本来二十万円宛を相当とするところ前記比率で過失相殺すると十二万円宛となるが、そのうち三万円宛は保険金で支払済であるから、残額は九万円宛となる。

(ハ)  又、原告豊の協力請求権侵害による損害額は三十八万五千七百十四円なるところ之を前記比率で過失相殺すると、二十三万一千四百二十八円となる。

(ニ)  ところで他方被害者末子の死亡による本人の財産的損害の填補のため自動車賠償保険金二十万円が既に支払済なることは原告の明に争わぬところである、而して右の「死亡者本人の財産的損害」とは「死亡者本人の生存利益喪失による損害」を意味するものと解せられる。

勿論相続人に相続された死亡者本人の生存利益の喪失による損害賠償請求権と死亡者の親族が扶養協力扶助請求権を侵害された損害の賠償請求権とが法律上その種類を異にすることは云う迄もないけれども元々死亡者の親族は死亡者の生存利益のうちから扶養扶助を受けるものであるから、既に生存利息の喪失による損害の顛補を受けた時にはその限度においては更に扶養協力扶助請求権の侵害を理由にその賠償を求め得ぬものと云わなければならない。(元々死者の生存利益喪失による損害賠償債権と云うも、親族の扶養請求権侵害による損害賠償債権の発生と云うも均しく生命侵害の場合にその親族に財産的損害賠償請求権を与えるための法技術的構成の一種に過ぎないから一の方法で享けた利益を他の方法で重複請求することは許されない。)

本件の場合も末子の生存利益と云うも原告豊の営業の協力活動を評価したものの以外には考え難いから之を末子の生存利益と原告豊の協力請求権とで二重に評価することは許されぬと考える。よつて右保険金二十万円を控除すれば被告等が原告豊に支払うべき財産的損害賠償額は金三万一千四百二十八円となる。

(一〇)  よつて被告等は各自原告に対し前記各金額に本件訴状送達の日の翌日たること本件記録上明白な昭和三十六年十月九日以降完済に至るまで民事法定利率による遅延利息を附して支払うべく原告等の本訴請求は上記限度では正当につき認容すべきだが他は失当につき排斥するものである。

よつて民事訴訟法第八十九条第九十二条本文但書第九十三条第一項但書第百九十六条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 夏目仲次)

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